フォトグラファー 櫻井充×TORAY開発チーム × PRIXIA™
直球かつインパクトのある写真作品で、
缶印刷の新たな可能性に挑む
フォトグラファー 櫻井充×TORAY開発チーム × PRIXIA™
直球かつインパクトのある写真作品で、缶印刷の新たな可能性に挑む
PRIXIA™ Story 2デザイン
「TORAY PRINTING PLATES Lab.」はTORAYの印刷プレートによる表現の可能性を探求し、新たなクリエーションにつなげるための実験的な取り組みです。第一線で活躍するクリエーターと、パートナー企業やTORAYの開発チームが印刷プレートを通して出会い、互いに刺激を与え合いながらゴールに辿り着くまでの軌跡を連載形式でお伝えします。
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参加クリエーター:
櫻井 充
東京生まれ。東京造形大学卒業後、株式会社アマナ入社。広告写真の世界で撮影、レタッチの技術を学ぶ。2011年フォトグラファーとして独立し、自社スタジオを構える。長年、鉄をテーマに制作を続けており、2019年IPA(International Photography Award)1st Placeを受賞。ニューヨークをはじめとした世界各国にて展示歴有り。商業写真、アートの世界の両方で活躍する稀有なフォトグラファー。
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パートナー企業:
TORAY開発チーム
東レ株式会社印写システム事業部に所属するドライオフセット印刷方式用超高精細印刷版「PRIXIA™」プロジェクトチーム。 愛知県の東レ・岡崎工場を拠点に、超高精細印刷による新しい価値の創造を通じて社会に貢献するため、印刷版や印刷システムの向上に取り組んでいる。
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印刷プレート:
PRIXIA™(ドライオフセット印刷方式)
飲料缶や化粧品チューブの印刷において、革命的な超高精細印刷を可能にする印刷プレート。従来の樹脂凸版を使用した印刷と同等、昨今導入が進むデジタルプリンターと比べると圧倒的に速い印刷速度で、品質と生産性を高いレベルで両立している。
グラデーションを効果的に見せるために、
デザインを含めた考え方で撮影
― 湯島天満宮や上野公園の不忍池のほど近く、半世紀前に建てられたヴィンテージマンションにあるスタジオ。機材と撮影用の道具が並ぶ様子は、まるで秘密の実験室のようである。スタジオの主人である櫻井さんは撮影装置を準備をする手を止め、取材班を出迎えてくれた。―
―前回のリサーチを受けて、どのように作品制作を進められたのでしょうか?
フォトグラファー 櫻井さん(以下 櫻井):実は前回のリサーチの後に別日で追加説明の場を設けていただいて、PRIXIA™の強みをより深く知ることができました。樹脂凸版の缶印刷は網点が大きくて掛け合わせもできず、陰影やグラデーションを再現しようとするとトーンジャンプを起こしてしまうそうなのですが、PRIXIA™なら綺麗に刷れるというお話にとても驚きました。また、明るい方向に向かうグラデーション・暗い方向に向かうグラデーション・水滴などの狭い範囲内のグラデーションの再現が得意ということでしたので、ぜひその3点をしっかり見せられるような写真作品にしたいと考えました。
―缶の印刷ではグラデーションの再現が重要なのですね。
櫻井:缶のデザインの中に果物の写真が入っていたりしますが、簡易化された上に網点で表現するのでイラストなのか写真なのか判断がつかないものもあります。グラデーションは2段階や3段階だからカクカクになってしまうのだと思いますね。また、缶印刷はCMYKの4色の掛け合わせではなく、特色と特色の掛け合わせというのも新しい発見でした。それらを踏まえた上で缶に何を印刷しようかと考える中で、せっかくだからデザインを含めた考え方でやらないと意味がないと思いました。
―櫻井さんの写真にはデザインの要素を感じますが、どのようにして培われたのですか?
櫻井:元々はデザイナーになりたくて、東京造形大学のデザイン科に通っていました。デザイン科では2年生でコース選択があり、グラフィックデザインと写真と映像の3つの中からコースを選びます。1年生の時に授業で写真を撮ったのですが、面白さにハマってしまって。写真を勉強したいと思って写真専攻を選びました。ただ、グラフィックの授業も並行して受けることができたので、写真とグラフィックを同時に勉強していたという感じですね。
―大学卒業時に、フォトグラファーとしてやっていこうと決めたのですか?
櫻井:勉強したものの、当時は写真で食べていくつもりはありませんでした。けれども自分が就職活動を始めたときに就職氷河期ど真ん中で。デザイン系志望でしたが箸にも棒にも引っ掛からず、これはマズいぞと思ってフォトグラファーで就活を進めたら内定をいただけて。合格した理由を当時の面接官に聞いたら、「お前の作品が一番デカかった」と言われました。面接に向けた作品はB1のパネル10枚組とかでしたね。他の方はA4サイズとかだったので目を引いたのだと思います。
撮影は櫻井さんのスタジオにて、専用のセッティングを組み上げて行われた
一時期はレタッチャーに転向していたという櫻井さん
−スケール感がグラフィックデザインの感覚ですね。
櫻井:そうですね。グラフィックの人たちだとそのくらいは当たり前で、学んできたことが功を奏したみたいです。働き始めてからはアシスタント業務がとても大変でした。自分という人間が人に合わせるのが苦手で、先輩からよく怒られていましたね。その後、アシスタントからフォトグラファーに昇格するための試験に落ちてしまったのをきっかけに自分の進退に悩んでいたら、上司が「レタッチャーをやってみないか」と声をかけてくれて。どうせ辞めるならレタッチの技術を覚えてからでもいいかなとレタッチャーに転向しました。レタッチャーはアシスタントよりは向いていたのだと思います。人のフォローではなく、自分主体で動くのは得意だったので。レタッチャーはフォトグラファーと一緒に作っていく感じで、それなりに楽しくて気づいたら5年働きました。
―今までの道筋のなかで、現在のお仕事に繋がるスキルを1つずつ身につけてきたのですね。
櫻井:そうかもしれませんね。そんな中で2011年の震災があり、人間いつ死ぬかわからない、悔いを残したまま死にたくないと感じて。もう一度フォトグラファーにチャレンジしたいと思いました。その会社ではアシスタントは土日などに自社スタジオを借りることができたので、レタッチャーになってからも「作品撮りは続けさせてほしい」と上司に頼んで撮影は続けていたのですが、仕事として再挑戦したいと。
―フォトグラファーとしての再挑戦する際にはどのような苦労がありましたか?
櫻井:まずは社内でアシスタントからやり直す方法を模索したのですが、いらないと言われてしまったので独立を決意しました。その時32歳で、レタッチャーとしてのキャリアは積んできましたが、フォトグラファーとしては経験値はほぼゼロでしたね。独立してすぐは仕事をもらえていたけど、半年後には仕事が全く無くなりました。もうレタッチの仕事しないと決めて独立したのですが、先輩に頭を下げに行って。それでなんとか食いつないでいるうちに写真の仕事が来るようになりました。
―櫻井さんの代表作である「鉄塔」シリーズは独立後に生まれたのですか?
櫻井:「鉄塔」の写真はレタッチャー時代のものです。きっかけは腕時計の案件を担当した際に、街の写真をコラージュして三角形のオブジェを作って欲しいというリクエストがあって。街をぶらぶら歩いて撮影する中で、鉄塔などの建物を切り抜くだけでも面白い絵が作れるのではないかと思って作り始めました。「鉄塔」シリーズは思いのほか評価が高く、普段全然褒めない人が褒めてくれたのを覚えています。
今までにない、面白さや目新しさを感じる
缶の印刷を目指したい
ライトにカクテル光線というカラーフィルターを取り付け、特殊な光を実現
水槽の表面に水滴を付けるというプロならではのアイディアも
−今回の作品撮影について詳細を聞かせてください。
櫻井:リサーチの中で出てきた「水滴」というワードから着想して、氷の入ったグラスが缶に映り込んでいるような写真を撮りたいと考えました。水槽の中にアクリルで出来た氷のモチーフを入れて、カクテル光線というカラーフィルターをつけたライトで様々な方向から照らすと光が屈折した写真が撮影できるのです。さらに後ろの背景を黒や白にすることで変化を出しています。撮影そのものに苦労はあまりなかったのですが、アイデアを思いつくまでが大変でしたね。
―今までに見たことがない写真作品ですね。
櫻井:そうですね。黒背景も白背景も不思議な世界を表現出来たかなと思います。缶印刷でこういうものは過去になかったということで目新しさもあるのかなと。
―撮影の際に工夫された点はありますか?
櫻井:缶の印刷なのでシズル感が欲しいというリクエストもありましたので、水槽の表面に水滴をつけています。
また、本物の氷だと水と透過率がほぼ同じで撮影しても目立たないため、アクリル製の氷のモチーフを使用することでコントラストを出しています。こうした点は普段の物撮り仕事の経験が生きていますね。ライトの色は黄色と赤色と青色をセレクトしましたが、特に意味はなくて直感で決めました。
―撮影後のレタッチで色合いなどの調整はするのですか?
櫻井:微調整はもちろんします。ただ、調整するのも最低限に留めるようにしているというか、何もかもいじってしまうと正解が分からなくなってしまうので。写真の良さはパシャっと撮れてしまうところなので、ベースメントとしてはそれを生かしたいですし、その中に足りないもの、余分なものを差し引きする感じです。1を10集めるのではなく、8のものを作って2を足して10にするのが、自分の写真の作り方なので。
―今回撮影した写真で、一押しの作品はありますか?
櫻井:撮影している時は黒背景が好きかなと思っていたのですが、白背景の方がより新鮮というか、見たことがない写真になったかなと。これが実際に缶に印刷されるのが楽しみです!
総括:グラデーションの印刷技術をデザインとして伝えることは、
PRIXIA™の新しい可能性に繋がる
― 後日、櫻井さんの作品を印刷したサンプルがTORAY開発チームへと届けられた ―
TORAY開発チーム:櫻井さんの作品を拝見して、我々の印刷技術を伝えるために直球でインパクトのある作品をご提案いただけたと思いました。光と氷によるグラデーションの再現はかなりチャレンジングですが、PRIXIA™でどこまで表現できるかがポイントになると思います。
グラデーションをデザインとして伝えるというのは、我々だけでは出来なかったことなので、今回の企画で挑戦できることは楽しみですね。PRIXIA™の新しい可能性を引き出していただいたなと感じます。
背景色を変えたパターンも撮影
今回の撮影のために準備された素材や道具たち
スタジオ撮影の場合、大半がセッティングなどの準備作業に費やされる
機能的に備品が配されたスタジオ。撮影された写真は即座に画面右奥のコンピュータに転送される